松下vsジャストシステムの件について。

ちょっと乗り遅れた感があるけれど。

この手の事案は、訴訟に至ることはあまりない。まず、同業他社との間にはクロスライセンス(相互に相手の特許を使って良いという契約)があることが多いだろう。クロスがない会社から特許侵害の通告を受けた場合の対応としては、①対象特許が生きているかを確認。包袋(特許成立に関係する資料がまとまったもの)を取り寄せて特許成立の経緯や現在の権利範囲を確認する。自社の製品が対象特許の技術範囲に含まれるかどうかを精査し、含まれるとなった場合は、②対象特許の無効事由を探す。無効事由があった場合は、特許庁に特許無効審判を請求して特許を無効化するか、無効事由が存在することを相手に告げて請求を取り下げさせる。無効事由が見つけられないときは、③相手が自社の特許を侵害していないかを探し、見つかった場合はクロスライセンス契約に持ち込む。それもない場合は④ライセンス交渉をする。ここまでで終れば、一般に知られることはない。訴訟になるのは、よっぽど見解が食い違った場合だけだと思う。

で、それほどおかしな判決というわけでもない。「アイコン」の解釈によってはありうる判決だと思う。でも、特許にかかわったことのない人にとっては、なかなか衝撃的な判決なのだろう。
ネットを巡回していて目に付く意見として、以下のようなものがある。

1.「あんなチンケな特許で訴えやがって」みたいな論調

この松下の特許はかなり良い特許だと思う。もっと「言いがかり」に近いようなものもたくさんありますよ、まぁお互い様なのだが。
「ヘルプボタンはアイコンか?」というのが争点のひとつで、これをくだらない議論だ、と嘆いている人が多いようだけれど、製品が特許の技術的範囲に属しているかどうかの判断というのは、こういうことの積み重ねであるのです。
で、ソフトだけじゃなくてハードでもメカでも状況は同じ。
松下の特許にはアイコンの定義がない。そういう場合は、出願当時の技術常識を参酌して用語の意味を定めることになるので、双方とも当時の文書を証拠として提示している。で、ジャストの提出した文書の中に、アプリのボタンは普通アイコンとは呼ばないよ、という心証を裁判官に抱かせるだけのものがなかった、ということ。

2.ジャストは、WINDOWSの機能を組み込んで使っていただけだから、訴えられるべきはジャストじゃなくてMSだろう、という意見

これは説明すると長くなるのだが、簡単に言うと「WINDOWSそのものが松下の特許を侵害しているかは関係なく、一太郎をインストールし使用している状態で、一太郎の機能として松下の特許を侵害しているのなら、一太郎が『特許侵害の行為を組成した物』になる」ということで、「間接侵害」が成立する。
ついでに言っておくと、松下の特許は「情報処理装置」に係る特許で、ソフトウェアの特許ではない。この場合の侵害行為は「情報処理装置の生産」で、具体的には「PCに一太郎をインストールする作業」を示す。つまり、特許権を侵害しているのは、「一太郎」を購入してPCにインストールしたひとということになる。
じゃあ何でジャストが訴えられたのかというと、
「特許侵害品を生産することのみに用いる部品を生産する行為」も特許侵害とみなす、という規定があって、これを「間接侵害」という。ジャストは「一太郎」という、特許侵害品を生産することのみに用いるソフトを生産しているので、間接侵害の用件を充足しているわけだ。

3.「一太郎」がなくなっちゃうと思っている人がいる
実際に販売差し止めをしても松下にはメリットがないので、ほとんど可能性がない。じゃあ何でああいう判決が出るのかというと、特許法100条の条文にしたがっているだけだ。

差止請求権
第100条 特許権者又は専用実施権者は、自己の特許権又は専用実施権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
2 特許権者又は専用実施権者は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成した物(物を生産する方法の特許発明にあつては、侵害の行為により生じた物を含む。第102条第1項において同じ。)の廃棄、侵害の行為に供した設備の除却その他の侵害の予防に必要な行為を請求することができる。

控訴審でジャストの主張が認められればともかく、そうでなければ適当な金額で和解をすることになるだろう。その支払いでジャストがつぶれてしまうなら別だが、そうでなければ「一太郎」がなくなることはないと思う。

で、何が言いたいかというと、「表沙汰にならないようにうまくやれよ松下」だったりする。

最後に問題の特許(特許第2803236号)の請求項

請求項1
アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン、および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させる表示手段と、前記表示手段の表示画面上に表示されたアイコンを指定する指定手段と、前記指定手段による、第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて、前記表示手段の表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる制御手段とを有することを特徴とする情報処理装置。

請求項2
前記制御手段は、前記指定手段による第2のアイコンの指定が、第1のアイコンの指定の直後でない場合は、前記第2のアイコンの所定の情報処理機能を実行させることを特徴とする請求項1記載の情報処理装置。

請求項3
データを入力する入力装置と、データを表示する表示装置とを備える装置を制御する情報処理方法であって、機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン、および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させ、第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて、表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させることを特徴とする情報処理方法。