父のこと

母が脳梗塞になって、父がかつて発病したときのことを思い出した。
父は2回脳梗塞になっている。最初は私が大学受験に失敗して浪人生活を送っているときで、ある日起きたら父が脳梗塞による失語症になっていた。目の前にあるものが何であるか、自分ではわかっているのだが、その名前を口にすることが出来ない。失語症は鬱になることが多いということなのだが、父も鬱症状になった。3ヶ月入院して言語機能の回復を図り、そこそこ話せるようになったものの、自分に自信を持てなかったのだろう。退院して仕事に行ってもいいという許しが出たものの、会社に行こうとしない。鬱に激励は逆効果だと知ってはいたが、父の余りの不甲斐なさに泣きながら意見したこともあったなぁ。まぁ浪人生の分際で偉そうなことはいえない立場だったし、自分でもそれを自覚していたので号泣しちゃったんだけど。
何とか徐々に自信を取り戻して鬱を克服し、まぁまぁ普通に会社にも行けるようになり10年以上。私も就職して家を出て、やがてカミさんと知り合い結婚することになった頃、2度目の脳梗塞。今度は通勤途中の中央線の車内で倒れた。2度目は軽い運動障害と吃音で、失語症は悪化しなかったのだが、初回の鬱とは正反対で、まだ快復していないのに会社に行くと言い張って大変だった。病院を抜け出そうとしたこともあったし、自宅療養になってからも、とにかく会社に行きたがって母や私を心配させた。それである日、ついに父に根負けして、母が父を送り出したのだ。私は家を出ていたので、父と母のやり取りを聞いていたわけではない。父が行ってしまった後で、会社に母から電話がかかってきたのだと思う。父は無事に会社に辿り付いた。後で訊いたら、とにかく一度会社に行けるかどうか試してみたかったのだそうだ。それ以来、父は無理やり会社に行きたがることはなくなったが、あの頃自分が感じた不安というか焦燥感というか、えもいわれぬ感情はよく憶えている。
二度目に父が倒れてから半年ほど経って、わたしはカミさんと結婚した。披露宴の最後に、父にスピーチをしてもらった。仕事仕事でロクに家に帰らないような人生を送ってきて、結局脳梗塞で倒れたこと。いくら仕事で評価されても、体を壊しては元も子もないということ。ゆっくりとたどたどしくはあったが、とてもいいスピーチだった。
父さん、これからしばらくは大変だと思うけれど、また平穏な日々が送れるように頑張りましょう・・・